世界の教会 · 2026年9月20日
デジタル時代の司祭はフォロワーではなく信者をキリストへ導くべきと提言
Petrus Noegroho Agoeng神父は、2026年9月15日に開催されたUnio Indonesiaの第15回全国会議において、デジタル文化における司祭のあり方について語りました。同神父は、司祭が影響力を持つべきなのは信者の人生に対してであり、その影響力はフォロワー数や「いいね」、閲覧数で測られるべきではないと述べました。司祭の役割は、自分自身に注目を集めることではなく、信者の関心をキリストに向かわせることであると強調しました。
人工知能が人間のようなテキストや音声を生成できる現代において、司祭による現実の存在感は不可欠であるとされています。傷ついた人々への耳を傾ける姿勢や、危機の際のご家族への寄り添い、聖事の執行、共同体における関係構築などは、デジタルコンテンツでは代替できない司祭の核心的な奉仕であると説きました。
司祭の影響力の源泉はソーシャルメディアではなく、祈りや御言葉への傾聴、聖体礼拝、聖務日課などの霊的な生活にあるとしています。カメラの前での話し方よりも、カメラが消えた後の生き方こそが司祭としての信頼性の根拠になると指摘しました。また、神、司教、同僚の司祭、そして信者という4つの親密な関係性が、司祭が真正に存在するための基盤になると述べています。
デジタル空間では、自分を主役にする誘惑や、精神的なナルシシズム、浅いコンテンツの量産といったリスクが存在します。そのため、司祭は伝道者、証し人、同行者としての顔を持つべきであり、常にキリストを中心に据え、司祭自身が中心になってはならないという原則を提示しました。また、信者の苦しみを注目集めに利用せず、デジタルメディアを聖事生活や現実の共同体へと導く手段として活用すべきであると結論付けました。