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世界の教会 · 2026年9月19日

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Siprianus Hormat司教、司祭は信者をキリストへと導くべきだと強調

A window with a view of a body of water
Arvin Yuan / Unsplash

Ruteng司教でありUnio Indonesiaの指導者であるSiprianus Hormat司教は、司祭はデジタル世界においても自分自身を注目の中心にするために召されたのではないと指摘しました。司祭の任務は、信者がキリストに目を向けるのを助けることであると述べました。

このメッセージは、Medan大司教区の信者育成センターであるCatholic Centerで開催された、第15回Unio Indonesia全国会議の開会ミサの説教の中で伝えられました。

Siprianus司教は、砂漠でのイスラエルの民の物語を引用し、傷ついた人々が自らを癒やすことはできず、高く掲げられた救いの印を見上げることしかできなかったと説きました。この比喩を用いて、司祭もまた、信者が救いの源であるキリストを見上げるのを助ける存在であるべきだと主張しました。

また、司祭も人間として、信者や同僚の司祭、上司からの失望や不理解によって傷つくことがあると述べました。特に、信者への冷笑や嫉妬、奉仕が単なるルーチンワークに変わることなどの「毒」が、ゆっくりと司祭の視点を変えてしまう危険性について警告しました。

デジタル時代について、Siprianus司教は、単にSNSや人工知能を利用するかどうかではなく、それが「視点の奪い合い」の時代であると分析しました。アルゴリズムが人の視線を惹きつける現代において、司祭は単なる「宗教的なインフルエンサー」になるのではなく、信者の視線を導く方向指示役になることが求められていると説きました。

最後に、司祭自身が霊的な生活の中でキリストを見つめ続けていなければ、信者にキリストを示すことはできないと述べ、司祭自身の祈りの生活の重要性を強調しました。